Page 1088 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 通常モードに戻る ┃ INDEX ┃ ≪前へ │ 次へ≫ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ▼ストーブの中から 雷鹿堂 14/12/7(日) 8:55 ─────────────────────────────────────── ■題名 : ストーブの中から ■名前 : 雷鹿堂 ■日付 : 14/12/7(日) 8:55 -------------------------------------------------------------------------
2001年12月のあの戦いの翌日、鹿島の帰り日立台に寄った。 天皇杯トーナメントの次の相手が、柏ー鳥栖の勝者だったので。 鳥栖は鹿児島本線の窓から見た変わった名前の駅という記憶しか なかったが、30人足らずのサポーターが手打ちの太鼓を打ち鳴ら し、ギラギラギトギトな応援をしていた。日差しの暑い日だった。 ピッチの選手たちは昨日のように無骨に戦い、サポーターはまるで 自分がプレーしているように選手以上に戦っていた。 「守〜れ、テツハル」、「博多(サガン?)の男なら〜」ドン、ドン、 ドン、ドン、日立台のピッチ至近のサポ席から、一人一人の選手に いちいち右行け、左行け、出せ、と監督以上のことをやってる。 どこも同じだ。手作り感があった。 後日、鳥栖がクラブ解散の危機に立ったと知り気になったが何もで きなかった。J1に来たとき、危機を乗り切った戦いのリアリティを 引っさげていた。イルカやシャチが跳ね上がるように肉弾で敵をはね のけて戦う戦法。相手が嫌がるプレーを厭わない、勝負のリアリティ に満ちている。 鹿島でこれができるのはダヴィと満男だと思う。それが足りない。 あの日、日立台の柏は、1-2でまさかの敗戦を喫した。 洪明浦のラストマッチでもあった彼らの顔は敗戦に青ざめていた。 次の天皇杯4回戦で鹿島は6-0で鳥栖を下した。 12月8日のチャンピオンシップ第2戦で我々はジュビロに勝利した が、年間勝ち点はジュビロ71、鹿島54である。名波の主張もわかる。 サポーターや選手は決まった制度を踏むしかないので、誠実な選手 を応援するしかない。 アントラーズに注文するが、 フロントは、スポーツ競技での肉体的優位が勝利の条件であるという 現実をよく認識してスカウティングを行って欲しい。 |